仙台高等裁判所 昭和41年(う)34号 判決 1969年4月01日
被告人 大場政典
主文
原判決を破棄する。
被告人を罰金五、〇〇〇円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金一、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
訴訟費用中、原審証人室井文夫に昭和四〇年一月二九日および同年三月一日に各支給した分ならびに当審証人手島典男に昭和四二年二月七日支給した分および当審証人室井文夫に同年五月二三日支給した分を除いて、原審および当審におけるその余の訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
本件控訴の趣意は、被告人名義および弁護人加藤康夫、同斉藤忠昭、同青木正芳共同名義の各控訴趣意書に記載されたとおりであるから、いずれもこれを引用する。
一、控訴趣意中、原判決には不法に公訴を受理した違法があるとの主張について
論旨は、原判決は、被告人に対する本件逮捕が、刑事訴訟法第二一二条第二項第一号所定の準現行犯人としての要件を具備していたもので、かつ逮捕の必要性がなかつたものともいえないとしたうえ、逮捕および連行に際しての手段、方法には、一方的で乱暴にわたる行き過ぎがあつて不当なものであつたと認めざるをえないとしながらも、右のような不当な逮捕は、いまだ本件公訴提起の手続を無効ならしめるものとは考えられないとして説示して、公訴事実につき審判しているのであるが、本件逮捕は、単にその手段、方法において不当であつたというにとどまらず、そもそも、準現行犯人としての要件、すなわち、同条第二項およびその第一号にいう「罪を行い終つてから間がないと明らかに認められるとき」および「犯人として追呼されているとき」の要件をいずれも具備していないのであり、逮捕の必要性もなかつたのであつて、結局、全面的に違法、不当なものであつたわけであるから、本件公訴提起の手続は、憲法第三一条に違反し無効なものであるといわなければならず、したがつて、公訴事実について審判した原判決には、不法に公訴を受理した違法がある旨主張するのである。
ところで、刑事訴訟法第二一二条第二項第一号にいう「犯人として追呼されているとき」とは、その者が犯人であることを明確に認識している者により逮捕を前提とする追跡ないし呼号を受けている場合を意味するものと解されるが、右同号による準現行犯人逮捕が許されるためには、いうまでもなく、犯人に対する右追呼の存在が逮捕者にとつて外見上明瞭であることが必要である。もつとも、右追呼が、逮捕者による逮捕の瞬間まで継続されていることは必ずしも必要でないものと解されるので、追呼者が、犯人を追呼中、自己の非力ないし他人の妨害等の事情により、やむなくその追呼を中止したような場合においても、追呼に関する右のような一連の状況が逮捕者にとつて外見上明瞭であつた限りにおいては、その逮捕は、なお「犯人として追呼されているとき」の要件を具備するものと解することができる。しかし、本件逮捕が行なわれた経緯を考察すると、原審における証人相原丈夫、同塚本五郎および同相沢亀吉の各供述ならびに当審における証人渥美益治の供述によれば、原判決も認定しているとおり、仙台駅構内二、三番ホーム上において多数の労働組合員にひとり取り囲まれて抗議を受けた相原丈夫が、本件事犯の発生直後、被告人の手をつかんで「暴力だ」などとその場で呼号していたところ、労働組合員相沢亀吉が被告人の手から相原の手を無理矢理離して同人を囲みの外へ連れ出したので、同人はやむなくそれ以上に被告人を追呼することを断念し、同ホームの北側地下道を通つて一番ホーム脇の仙台駅長室に赴き、自己の上長である春斗仙台駅対策本部長手島典男に本件事犯の被害状況を報告し、手島からの連絡にもとづき仙台鉄道公安室長渥美益治がさらに相原から事情を聴取し、同人をして二、三番ホーム上にいまだ被告人が所在することを確認させたうえ、鉄道公安職員塚本五郎に本件の処理を命じ、塚本が、部下を率い相原を伴つて本件事犯の発生後約二五分を経過した午後三時五分頃、前記地下道を通つて二、三番ホーム上の本件逮捕現場に急行し、相原から被告人の確認を得たうえ同人を相原に対する公務執行妨害および傷害の準現行犯人として逮捕したという事実が認められるのであり、右の事実関係に照らせば、相原が被告人を犯人として呼号したうえやむなくその追呼を中止した当時において他に所在した逮捕者塚本にとつては、相原の右追呼に関する一連の状況が外見上なおも明瞭であつたとの事情はこれを肯認するに由ないところである。渥美が相原をして被告人の所在を確認させたことおよび塚本が逮捕に際し相原から被告人が犯人であるとの確認を得たことなどの事実があるからといつて、それらが相原による犯人追呼にあたるものと解することも相当ではない。そうすると、本件逮捕は、前記のような事実関係のもとにおいて、刑事訴訟法第二一二条第二項にいう「罪を行い終つてから間がないと明らかに認められるとき」の要件を具備することは明らかであるものの、同条項第一号にいう「犯人として追呼されているとき」にあたるものとは認めがたいものというべく、他に同条項各号所定の要件が存在したとも認められない以上、逮捕の必要性等について言及するまでもなく、違法であつたものといわなければならない。これに反する原判決の説示部分は、当を得ないものというべきである。さらに、本件逮捕が、被告人の身体の自由を拘束する方法として社会通念上是認される限度を越える不当なものであつたと認められることは、原判決が説示しているとおりである。しかしながら、記録上うかがわれる右逮捕から本件公訴の提起に至るまでの捜査の経過にかんがみれば、右違法不当な逮捕をまたなければ本件公訴の提起が不可能であつたというような事情は何ら認められないのであるから、本件逮捕の手続が右のような程度に違法、不当なものであつても、その故にただちに本件公訴提起の手続が憲法第三一条に違反し無効となるものとはいえないのであつて、このことは、昭和四一年七月二一日言渡最高裁判所第一小法廷判決(刑集二〇巻六号六九六頁以下)の趣旨に徴しても明らかであるから、本件公訴の提起を有効であるとした原判決は、結局正当というべきであり、原判決には所論のような不法に公訴を受理した違法があるものとは認められない。論旨は理由がない。
二、控訴趣意中、原判示傷害の罪に関する事実誤認の主張について
論旨は、被告人の右手が相原丈夫の右顔面にあたつたことは事実であるが、それは、抗議のために被告人のあげた右手が前進して来た相原の右頬に偶然にも接触したものであつて、被告人には相原に対する暴行の意思はなかつたものであるから、被告人に右暴行の意思があつたものと認定した原判決には、事実を誤認した違法がある旨主張するのである。
まず、原判決が、(本件犯行に至るまでの経緯)と標題して認定した事実およびその認定にかかる(罪となるべき事実)の項のうちの、相原丈夫が被告人を含む多数の労働組合員らに取り囲まれるに至つた状況に関する事実は、原審および当審において取調べた関係各証拠に照らして十分にこれを首肯することができる。これによれば、被告人は、全国電気通信労働組合(以下全電通という)宮城県支部の組合員であり、同支部執行委員の地位にあつたもので、本件当日、日本国有鉄道労働組合仙台地方本部(以下国労仙台地本という)および日本国有鉄道動力車労働組合仙台地方本部(以下動労仙台地本という)がストライキ準備体制整備の一環として仙台駅構内において行なう遵法斗争等の活動および列車乗務員に対する説得の活動を支援するため、全電通宮城県支部の組合員約三〇名の掌握指導責任者として、これらの者とともに動員されて仙台駅に赴き、同様支援のために動員されてきていた他の労働組合の組合員とともに、同駅構内二、三番ホーム等において、折から国労等の右活動に対処すべく同駅構内に配置されていた日本国有鉄道仙台鉄道管理局(以下国鉄当局という)管内の非組合員たる職員(以下当局職員という)の組合側の活動に対する不当介入行為を監視する等の任務についていたのであるが、同日午後二時一〇分頃、国労仙台地本組合員(以下国労組合員という)数名によつて四番ホームに停車中の列車車体外鋼板に、線路側から「大幅賃上げ」などと書かれたビラはりが始められ、続いて、二、三番ホーム上に移動して同ホーム南側地下道昇降口勾欄(階段手すり)にもビラがはられたが、これは国鉄総裁達によつて禁止されていることなので、当局職員数名は、その後を追つてこれを制止しながらただちにビラをはがしていたところ、やがて、午後二時三〇分の定時に三番ホームに到着した青森発仙台止りの列車「あけぼの」号(四車輛編成)の先頭一輛目中央部附近の車体にもビラがはられ、その後を追つた仙台鉄道管理局総務部労働課職員である相原丈夫のほか一、二名の当局職員らがそのビラをはがし始めるや、ビラはりをしていた国労仙台地本副委員長相沢亀吉が右当局職員らに「なぜはがすのだ」と抗議をし、ついで、周囲の人々に向かい、大声で右当局職員らの右ビラはがし行為が不当である旨を訴え、これに呼応するかのように、折から二、三番ホーム上に支援のため動員されてきていた労働組合員(以下支援労組員という)らが、相沢の周辺に近寄つて行き、結局、同所で最後まで一人残つて右列車一輛目の車体にはつてあるビラをはがしていた相原を半円形状に取り囲み、口々にはげしく抗議する状態になつたのであり、被告人は、その囲みの前から二列目辺に位置し、相原がはげしく抗議されてもなお車体のビラはがし行為をやめようとしないのを目撃していたのであるところ、まもなく午後二時四〇分頃に本件の事態が発生するに至つたものである。
そこで、以下に、本件の直接の当事者である相原丈夫および被告人がそれぞれ本件の事態に関して供述しているところを中心とし、なお、弁護人において被告人の供述の信用性を裏付けるにつき千金の重みを有する目撃証人であると強く主張している当審証人石田耕資の供述にも焦点を合わせて、関係証拠を検討したうえ、原判決が被告人に暴行の意思が存したものと認定したことの当否を判断する。
証人相原丈夫は、同人が被告人から暴行を加えられたという状況に関し、原審および当審における各証言を通じて、次のような趣旨の供述をしている。すなわち、「私が『あけぼの』の車体にはられたビラをはがし始めたら、国労の相沢副委員長らに『なんではがすんだ』と抗議され、また一名の支援労組員から、私の前面でかなり執ようにビラはがしを邪魔されたりしているうち、気づいてみたら周囲を支援労組員三〇名位に取り囲まれていた。私はビラをはがそうとして、列車車体に沿い青森寄りの方に進もうとしたが、囲みのため進めなかつたので、『そこをどけ』といつて顔をあげ、ふりかえるようにして左へ体を開き周囲を見たとき、向かいあつた人の後に左半身くらいかくれてはすかいになつていた被告人に、『なに、なまいきな』といつて思いきり右あご辺を一回強打された。それは被告人の右手拳によつてであり、ボクシングの心得のある人のパンチのような感じであつた。それで、私はすぐに被告人のその手首をつかみ、『この男がおれをぶん殴つた。暴力をふるつた。カメラ班いないか。当局側いないか。』などと叫んだのである。そのようなわけで、私は、囲みの中において、体を開いて周囲を見た際に被告人から強打されたのであつて、被告人の供述にあらわれているような私が囲みの人垣の中へ突き進んで行つたという事実はない。」というのである。もつとも、同証人は、右のように被告人から強打されたという際の自己の体の向きに関しては、原審において、「そのとき私の位置は、列車車体を背に、青森の方を北とすると、四五度ないし五〇度の角度で北西の方を向いていたと思う。」旨供述したのに、当審における尋問に際しては、同人が本件発生の翌々日警察官により施行された実況見分に立会つて自己が暴行を受けたときの位置方向であるとして指示説明した状況を写真に納めたものである原判決引用の司法警察員作成にかかる写真撮影報告書(記録二〇〇丁以下)(それによると、相原はやや斜めに上野寄り方面を向いて立つているものと判断される。)を原審および当審を通じて初めて示されたうえでの尋問に対し、「その写真における私は、斜めに青森寄り方面を向いて立つているものと考える。」との供述をしながらも、「その写真からはつきり判断しかねる。」とも述べ、さらには、「私が実況見分時に指示した内容は、真実私が体験したとおりのことを証明したのである。」旨および「私は、青森寄りの方へ進もうとしながらも進めなかつたので体を開いたのであるが、その開いた状況は、青森寄りの方を向いていたものを列車を背にして斜め左の方へ開いたのである。」旨訂正のうえ供述していて、結局、両者の間、すなわち実況見分時における指示説明ないし当審における供述と原審における供述との間には、青森寄りに進もうとしていた自己の体を左に開いた折の、その開き具合の程度如何の問題に帰する差異のあることが認められる。
これに対して、被告人が、原審および当審を通じ、本件の事態に関して供述している内容は、次のような趣旨のものである。すなわち、「相原を取り囲んだ囲みの前から二列目において肩越しに同人を見ていた私の位置は、囲みの青森寄り側であり、車体からは少しはなれていて、私と車体との間に三人のひとがいるというほどの位置関係であつた。相原は、上野寄りの方を向き、人を押しのけて車体のビラをはがしていたが、右へ振りかえるなり、囲みの外に飛び出そうとして、突然、私の右斜め前方へ突込んで来た。不意に突込まれたので、附近の人が一様によろけ、私も、前にいた人といつしよに押されて、上体が右にねじれながら開いて後退し、体の重心が左足にかかつてその際反射的に私の右手が上がり、指さす形にしたその手で、『無茶をするな』と相原に抗議したところ、相原が、附近の人を皆押しのけて、さらに強引に私の右側へ突き進んで来たので、その瞬間に偶然にも、相原の顔面右頬が、上げていた私の右手の甲の部分に接触してかすつたのである。そうしたら、相原は、私の右側を突き抜けざますぐに私の手をつかんで、『現認犯だ。暴力をふるつた。』と大声を発し、ついで、相原が私の手をつかんだまま青森寄り側となり、私が手をつかまれながら上野寄り側となつたもので、相原が青森寄り、私が上野寄りで手を引き合うような恰好になつたのは、相原と私との間にそのような体勢のほぼ全面的な入れかわりがあつたためである。」というのである。
そして、被告人の右供述を証人相原丈夫の前記供述と比較対照すれば、本件の事態が発生した際の被告人の位置が、その供述するように囲みの青森寄り側であつたのかどうか、したがつてまた、被告人が本件事態の発生したすぐ後の時点で囲みの上野寄り側に位置していたのは、その間に被告人の供述するような相原との体勢の入れかわりがあつたためなのかどうかの点は、後に検討するので、しばらく措くとして、要するに被告人は、囲みの中の相原が、本件事態の発生したその前の時点で、顔を被告人の右斜め前方へ向けたのであること、そしてその顔面の右側と被告人の右手とがその後接触するに至つたものであること(以下に、本件の接触とか、本件接触の事態とかいうのは、これらのことを指すものとする。)はともにこれを自認しながらも、その接触の経緯ないし態様に関しては、相原の証言と相容れない内容の供述をしているわけであり、すなわち、被告人の右斜め前方へ顔を向けた相原が、被告人の供述するところによると、人を押しのけて被告人の右側へ向け囲みの人垣の中に突き進んで来たというのであり、それによつて相原の頬と被告人の手の甲とが接触してかすつたものであるにすぎないというのであつて、これらの相異点が、まさに被告人の供述内容の本質的な部分をなすものであると考えられるから、これらの点を主にして検討することにより、被告人の供述の信用性の有無について考察し、さらには所論石田耕資の当審証言の信用性をも検討することとする。
ところで、当審における証人太田良平の供述するところによれば、同人は総評宮城県地方オルグで、本件当日、支援労組員の責任者の一人として仙台駅構内二、三番ホームに赴き、相原丈夫を取り囲んだ囲みの前から三列目の上野寄り側つまり囲みの南側に位置していたものであり、その際、自己の斜め左前方二メートル位のところすなわち囲みの前から二列自で南北の中間位のところに被告人が位置しているのを明確に認識し、かつ被告人の挙動が看取できる状況にあつたというのであるから、同証人と被告人とのそのような位置関係からいつて、もしも、被告人の供述しているような相原が被告人の右側へ向けて人を押しのけ囲みの人垣の中に突き進んで来たという事実が真に存在したのであれば、同証人は当然にその状況を自己の身辺に目撃したはずであり、かつ同証人の立場上も法廷でこれを証言しないはずはないと考えられるのに、実際には、その証言中に、被告人の供述しているような状況の存在について言及している部分はその片鱗さえも見当らないのであつて、上野寄りに位置した相原が青森寄りに位置した石田耕資と「あけぼの」号の車体沿いに向かい合つて互いに押し合いをしていた旨を供述するほか、後に相原丈夫の証言の信用性につき検討する際に引用するような内容の供述をなし、なお被告人の手が相原の顔に触れた場面は見ていない旨供述するにとどまつているのである。さらに、所論の当審証人石田耕資について見れば、同証人は次のような内容の供述をしているのである。「仙台交通労働組合の組合員であつた私は、当日、支援労組員の一員として二、三番ホームに行つていたのであるが、相沢亀吉が国鉄当局者のビラはがし行為に抗議する大声を発したあと、私は、三番ホームの『あけぼの』の車体のビラを一人はがしていた当局者に近づき、私が上野寄りになつてすなわち上野方面を背にしてその当局者といくらかもみ合い、車体に私の体を押しつけたりして相手にビラをはがさせまいとしていたところ、もう一人の別の当局者が、私の後から入つて来て、初めの当局者は青森寄りの方向へ去つて行き、こんどは私が青森寄りすなわち青森方面を背にし、その二番目の当局者が上野寄りすなわち上野方面を背にし、車体沿いに向き合つて二人の間でやり合う事態となり、当局者が私のすねを蹴つたうえ私を青森方面へ押し飛ばしたので、私も立腹して当局者を上野方面へ押し返したところ、いつのまにか、私ら二人を、車体に向つて半円形状に取り囲む人垣ができていて、ビラはがしをやめろと口々に抗議し、そのうちの三、四人が、囲みの前列でもしくは後の列から前の人の肩越しに、抗議ないし制止のための手を差し出して上下に振つていたのであるが、私に上野方面へ押し返されていた当局者が、勢をつけて再び私へつかみかかつて来たために、その途中で、折から当局者と私との中間に囲みの人垣の中から差し出されていた制止のための手へ、当局者が横から当つて行く恰好になり、その顔面鼻の下、口の辺りが、差し出されていた右手の甲から手首にかけた部分に接触したのである。そうしたら、当局者が、自分の顔に接触したその手をつかみ上げて、私をそつちのけで騒ぎ出したのであるが、その手をつかまれた人は、つかまれるまでは囲みの前から二列目の中間位にいて、肩越しに手を差し出して『やめろやめろ』といつしようけんめいに振つていたのであることを私は見ている。そのようなわけで、当局者は、私につかみかかつて来てその途中で横から差し出されていた手に接触したのであつて、初めからその手の主の方へ向つて行つたというような状況ではない。」以上のような石田耕資の証言を考察すれば、その供述中にいわゆる二番目の当局者とは相原丈夫を指し、手をつかまれた人とは被告人を指すものであることは他の証拠に照らして明瞭であるところ、その目撃したとする相原と被告人との接触の経緯、態様は、相原の証言と一致しないのはともかくとしても、被告人の供述する内容ともおよそその趣旨を異にするものであることが明らかであつて、所論のように被告人の供述が石田証言によつて裏付けされるものとはとうてい考えることができないのであり、かえつて、右石田耕資および前記太田良平の各証言中の「相原は車体沿いに石田と向かい合つて互いに押し合いをしていた」との供述部分と対照すれば、被告人の供述中、相原が被告人の右側へ向けて人を押しのけ囲みの人垣の中に突き進んで来たとする部分は、信用できないものであるというほかはない。所論の原審証人高橋利男、同佐藤鉄雄は、いずれも、「自分らは、相原丈夫を取り囲んだ囲みの上野寄り側の前列に位置していて、上野寄りの被告人が青森寄りの相原に手をつかまれていた状況は見たものの、それ以前の時点で被告人が人垣の中のどこに所在していたのかは気づかなかつた。」旨供述しているほか、「被告人の手と相原の顔とが接触した場面の状況は知らない。」旨囲みの前列に位置していた同証人らとしてやや不自然といわざるをえない供述もしているのであり、なるほど、同証人らは、「相原はどけどけと大声を立てながら青森寄りの方へ行こうとした。」(高橋証人)とか、「相原は青森寄りへ人垣を相当強引に突き抜ける形で進んだように記憶します。」(佐藤証人)とかそれぞれ供述しているけれども、右供述は、いずれも具体性に乏しいばかりではなく、前記石田耕資および太田良平の各証言に照らしても、被告人の右供述部分の信用性を裏づけるものとは認められない。それでは、石田耕資の証言中、同人が相原丈夫と被告人との接触状況を目撃したとする供述は、被告人の供述とは別個に、それ自体が果して信用しうるものであろうか。結論は、右信用性はこれを認めがたいものといわざるをえない。けだし、同証人が、相原丈夫と被告人との接触の直前における状況として供述しているところの、被告人が前の人の肩越しに抗議の手を差し出して「やめろやめろ」としきりに上下に振つていたというような事実については、被告人自身も何らそのようなことを供述していないばかりでなしに、当時被告人の姿を明確に認識していた前記証人太田良平の供述によれば、被告人についてそのような事実はむしろなかつたものであることが明らかであつて、してみると、石田証人の右供述はその重要な前提部分においてすでに信用性を欠くものといわなければならないからであり、また、同証人の供述するような態様および程度の接触からでは相原の受傷の結果は生じがたいのではないかとの疑問があるのを別としても、前記のとおり、被告人の手が相原の顔面に接触したのは、その右側に対してであることが当事者たる両名の間でも何らの異論のない事実であるのに、その接触の事態の発生したのが、もしも石田証人の供述している位置関係に相原があつた際であるとすると、司法警察員作成の実況見分調書に照らし、三番ホーム上の相原の体は、その左側が被告人ら側に面することとなり、この異論のない事実を導き出すことが不可能となつてしまうからである。しかして、被告人の供述中、相原丈夫において囲みの人垣の中に突き進んで来たとする部分が、前記のような次第で信用しえないものと認められる以上、相原のその行動の存在を必須の前提としているものと解すべき相原との接触の態様に関する供述部分、つまり相原の頬が被告人の手の甲の部分に接触してかすつたのであるとする供述部分もまた信用できないことに帰する筋合であり、その信用できないものとすべきことは、本件の接触により相原がその顔面に蒙つた原判示傷害の部位、程度それ自体に徴してもまた自ずから明らかである。けだし、原判決引用の関係各証拠ならびに証人太田良平および同山田幸富の当審における各供述によれば、相原丈夫が被告人から暴行を加えられたという直後の頃からやや後にかけて、相原の唇付近から血が出ているのが周囲の人に認識され、ほどなく医師山崎俊秀が相原を診察したところによると、同人の下口唇の内側に大きさ五ミリメートル四方の粘膜挫創二個と大豆大の粘膜下出血一個の全治するまでに計一週間を要するものと見込まれる傷が生じていて、その傷は、結局、同医師が、当日を含めて以後六日間に計三回にわたり薬物による治療を直接行ない、かつ、その間に三日分のなめ薬を同人に渡し、これを服用させることによつて全治するに至つたものであるという事実が明らかであつて、右のような相原の受傷は、少なくとも被告人が供述しているような態様および程度の接触からでは容易に生じえないものであることは明らかというべきだからである。さらに、原判決も指摘しているとおり、相原丈夫が暴行を受けたという直後の状況として、同人は真赤な顔で興奮し、被告人の手をつかんで「暴力だ」「おれを殴つた」などと大声で叫んでいたのに、被告人の方は、手をつかまれながら「放せ、放せ」というだけで、それ以上に、「過つてあたつた」とか「お前の方がぶつかつて来たのだ」というような被告人の供述に添う弁解をした形跡はないことが原審における証拠上認められるところ、当審において、被告人は、右のような弁解はこれをしなかつたことをむしろ自認し、その理由として、「自分は殴る気もなかつたし、かすつた程度の状況であつたので、格別弁解する必要もないと考えたからである。」旨供述しているのであるが、「おれを殴つた」と相手方から強くなじられたのであるから、被告人が然るべき正当な弁解事由を真実有したのであれば、直ちにそれを相手方に主張したであろうと認めるのが人情の自然に叶う見方であつて、弁解事由はこれを有したが弁解の必要を認めなかつたとする被告人の右供述は、にわかに納得しがたいところである。なお、被告人は、本件接触の事態が発生した際の被告人の位置が囲みの青森寄り側であつた旨供述するけれども、当審証人太田良平および同石田耕資の前記のような被告人の所在位置に関する各供述に徴しても信用しがたいところであり、してみると、相原丈夫との間に体勢のほぼ全面的な入れかわりという事実があつたとする被告人の供述も信用しがたいことに帰するのであつて、他にも、右の各事実に関する被告人の供述の信用性を裏づけるに足りる証拠は見当らない。
以上を要するに、被告人の原審および当審における各供述のうち本件接触の事態そのものに関する部分は、その信用性を裏づけるに足りる証拠がなく、かえつて、被告人側にとりいわば有利と目される各証拠との間にさえも本質的な点での喰いちがいが認められるのであつて、関係各証拠ともさらに対照すれば、結局これを信用することができないものといわざるをえないのであり、さりとて、所論石田耕資の当審証言も、相原丈夫と被告人との接触状況を目撃したとする部分に関するかぎり、関係証拠に照らしてこれを信用することができないのである。
これに対して、証人相原丈夫が、原審および当審を通じ、被告人から暴行を加えられたという状況に関して供述するところは、先に摘記したとおりで、要するに、支援労組員に取り囲まれた同証人が、青森寄りの方に進もうとして進めなかつたので、その囲みの中で、左へ体を開いて周囲を見たときに、向かいあつた人の後に左半身くらいかくれて、はすかいになつていた被告人に、その右手拳で思いきり右あご辺を一回強打されたものであるというのであるが、反対証拠である被告人の原審および当審における各供述ならびに証人石田耕資の当審における供述が、いずれも措信できないものであることはすでに検討したとおりであつて、他に、同様のいわば本質的な点での反対証拠と目されるものは見当らない。もつとも、相原丈夫が被告人からそのように強打された際に、自己の体がどちらを向いていたのかについては、同人の証言自体に一貫性を欠くものがあり、すなわち、すでに指摘したように、同人の原審における証言と当審における証言ないしその際の引用にかかる実況見分時の指示説明との間には、青森寄りに進もうとしていた自己の体を左に開いた折の、その開き具合の程度如何の問題に帰する差異があつて、前者における供述では、暴行を受けた際の自己の体は斜めに青森寄り方面を向いていたとするのに対し、後者における供述では、自己の体は斜めに上野寄り方面を向いていたとしているので、いずれの供述が正しいものと認められるべきかを検討するに、この点に関し、所論の原審証人高橋利男、同佐藤鉄雄は、相原と被告人との接触の場面は見なかつたものの、それ以前の時点において、相原は、車体の傍で、上野寄りに位置した仙台交通労働組合の人(それが石田耕資を指して証言されているものであることは、他の証拠に照らして明らかである。)と押し合いをした後、こんどは青森寄りの方へ進んで(佐藤証人)、ないし進もうとして(高橋証人)、その直後に接触の騒ぎがもちあがつたのであるとの趣旨の供述をしているけれども、他方、当審証人太田良平は、相原と被告人との接触の場面は見なかつたものの、それ以前の時点において、相原は、車体の傍で、青森寄りに位置した石田耕資と押し合いをしたうえ、石田に押し返されてこんどは上野寄りの方を向いたその直後に、接触の騒ぎがもちあがつたのであるとの趣旨に解される供述をしており、相原と押し合いをした当の石田耕資の証言によれば、前記のとおり、同人は押し合いに際し車体傍の青森寄りに位置していたことが明らかなのであるから、その点をすでに誤つた高橋利男および佐藤鉄雄の右各供述は採用しがたいものといわなければならず、これに対し、太田良平の右供述は、相原が被告人と本件の接触をした際にどちらを向いていたのかに関して、十分に他の証拠の信用性を裏づけることができるものと認められるのであつて、そうすると、証人相原丈夫の、被告人から暴行を受けた際の自己の体は斜めに上野寄り方面を向いていた旨の当審における供述は、同証人による供述の前記のような変遷の経緯それ自体に徴し原審における供述よりも信用ができるものと考えられるばかりでなしに、太田良平の右証言によつてなお一層信用性の裏づけがなされるものと認められるのであり、つまり、相原の体が向いていた方向としては、同人の当審における供述ないし実況見分時における指示説明の方が正しく(すなわち、これによれば、所論のような相原と被告人との本件接触後におけるほぼ全面的な体勢の入れかわりという事実は存在しなかつたものであることが明らかである。)、原審における供述は誤りであると認めるのが相当である。しかして、原判決も説示しているように、相原丈夫は、当時、多数の支援労組員にひとり取り囲まれて、口々にはげしく抗議され、喧騒をきわめ甚だエキサイトした雰囲気の中で、とつさの間にそのいわゆる暴行を加えられたわけであり、そのような混乱と興奮の事態下において、自己が暴行を受けた際にどちらを向いていたのかを正確に認識し、またはこれを記憶することは必ずしもたやすいことではないと考えられるので、相原が、原審においてその点を誤つて供述したこともあながち首肯できないわけのものではなく、しかも、右の点は、被告人から暴行を加えられた状況に関する供述内容の本質的な部分をなすものでは必ずしもないというべきであるから、相原の供述が右の点で一貫性を欠くからといつて、直ちに、暴行を受けた状況に関してのいわば本質的な供述部分であると認めるべき前記の一貫した供述までもその信用性が疑わしいものとすることは、相当ではない。
むしろ、相原丈夫の、被告人から暴行を加えられた状況に関する供述は、当審証人太田良平の前記のような供述、被告人が、本件の接触に関し、直ちに相原から手をつかまれ、衆目の中で、「おれを殴つた」などとなじられたのに、「放せ、放せ」などというだけで、他に格別の弁解もしなかつたものであり、しかも、そのしなかつたことにつき何らか首肯するに足りる特段の事情があつたとも認められないという前述のような情況的事実、さらには、相原が本件接触によつて原判示のような全治六日間を要した下口唇粘膜下出血および粘膜挫創の傷害を蒙つたものであるという客観的な被害の事実それ自体、等により、その暴行を受けた際に相原が斜め上野寄り方面を向いていたとの点をも含めて、信用性の裏づけもなされているものと認められ、結局、それは十分に信用するに値するものと認められるのである。
なお、相原丈夫の供述については、論旨が、その信用性を否定すべき根拠として、さらにいくつかの疑問点をかかげているので、以下にこれらの点を検討する。相原丈夫は、何人が支援労組員によつて取り囲まれるに至つた経緯に関し、なるほど所論引用の供述をしているものであるところ、原審および当審で取調べた関係各証拠、ことに証人山田幸富の原審および当審における各供述ならびに証人石田耕資の当審における供述に徴すると、相沢亀吉が「あけぼの」号の一輛目車体の傍において大声で抗議の訴えをなした際、それを機として、支援労組員らが相沢の週辺に近寄つて行き、同人の傍で車体のビラはがしをしていた当局職員山田幸富をその場に取り囲むような形勢となつた事実は認められるけれども、折から石田耕資が、上野寄りになつてすなわち上野方面を背にして山田の前面に立ちふさがり、車体に自己の体を押しつけたりして山田にビラをはがさせまいとしたというような事態に至つたために、山田は、支援労組員のほとんど見当らない青森寄り方向へほどなく立去つてしまつたものであり、相原が、同車輛の上野寄り方面から車体沿いにビラはがしをしながら、山田と入れかわりぐらいに同所附近に至つたものであることは認められるものの、その際の状況が、山田を包囲する支援労組員の人垣がすでに出来上つていて、その囲みの外から相原が割込んで囲みの中に入つたというようなものであつたとは認めがたいところであるから、相原の右供述部分に、所論のような真実に合致しない点があるものとすることはできない。相原丈夫が、興奮しやすく、激昂型の性格の持主であるとの主張および「なになまいきな」との言葉は他の誰も聞いた者がないとの主張が、いずれも、相原証言の信用性を否定すべき根拠として採用しがたいものであることは、原判決の説示しているとおりであつて、右説示が不当であるものとは考えられない。もつとも、相原丈夫が、原審および当審を通じて、被告人の服装に関し、「自分が被告人に突かれたとき、被告人はレインコートを着用していて、そのことは被告人の襟もとでわかつた。」旨供述している部分、および国労の組合員が「あけぼの」号にビラはりを始めた経過に関し、「四番線の列車にビラはりをしていた国労の新木、渡辺らが、こんどは三番線の『あけぼの』にビラをはり始めたので、自分はこれをはがしに行つた。」旨供述している部分については、それぞれ、原審および当審において取調べた関係各証拠によれば、前者の点は、被告人は、当日レインコートを着用して仙台駅構内に赴いていたが、途中これを同僚に預けていて、午後三時頃にその返還を受け、まもなく前記のとおり相原丈夫の指示立会のもとに鉄道公安職員に逮捕された折には、再びそのレインコートを着用していたのではあるものの、本件の発生時にはこれを着用していなかつたものであると認められるべきであり、後者の点は、新木修および渡辺孝夫は、ほか一名との計三名のグループで四番線の列車に上野方面から青森方面へ向かつて進みながらビラはりをしていて、相原が同人らのそばに近寄つてそのビラをはがしたのではあるものの、まもなく三番線の「あけぼの」号にビラはりを始めたのは、同人らではなく、同じく四番線の列車に青森方面からビラはりをして来ていた別の三人のグループであつたものと認められるべきであつて、これらの点につき、原判決が、相原の供述内容に誤りがないものとしたのは、当を得ないところといわなければならないけれども、しかしながら、右認定のような各事実関係に徴すれば、相原が、これらの点につき誤つた供述をしたことも、軽率にはちがいないがあながち首肯できないわけのものでもないと考えられ、しかも、後者の点はもとよりのこと、前者の点も本件では犯人の人ちがいを問題とする余地が証拠上になく、被告人もそれを問題にしているわけではないのである以上、いずれの点も、いわば附随的な意義を有する事実であるにすぎないものというべきであるから、これらの点に関する相原の認識ないし記憶の誤りは、他に裏づけ証拠も存する暴行の状況に関しての相原の供述の信用性に影響を及ぼすほどのものとは認めることができない。
さらに、論旨が、被告人に暴行の意思がなかつたことを推認させる間接事実であり、同時にそれが、相原丈夫の供述の信用性に疑問を抱かせる資料にもなると主張している諸点について検討する。相原丈夫の供述するところによれば、前記のように、同人は、列車車体に沿い青森寄りに進もうとして進めなかつたので、左に体を開いて、斜め上野寄り方面を向いた際に、向かい合つた人の後に左半身くらいかくれて、はすかいになつて被告人に、その右手拳で自己の右あご辺を強打されたというのであるところ、本件接触の事態が発生した際に相原がそのような方向を向いていたことおよびその際に相原と被告人とがそのような位置関係にあつたことについては、当審証人太田良平の前記供述により信用性の裏づけがなされていると認められ、被告人においても、前記のとおり、相原がその顔を被告人の右斜め前方へ向けたこと、そしてその顔面の右側と被告人の、のばした右手とが接触したものであることを自認しているのであつて、両者が互いにそのような位置関係にあつて、所論のように真向かいに向き合つて対峙したというような位置関係にあつたものではない以上、被告人の相原に対する接触の部位としては、むしろ自然であるというべきであつて、所論のように不自然であるとは格別認められない。被告人において、本件の接触に際し、体を乗り出したと認めるに足りる証拠がないことは所論のとおりであるが、そのことが直ちに相原丈夫の供述の信用性等に格別の影響を及ぼすものとは考えられない。打撃が一回きりでやめられたこと、被告人が現場附近に残留して、逃げようとしなかつたこと、私服警察官の監視のあることがわかる状況にあり、かつ被告人が支援労組員の指揮者の一人であること等が、所論のように被告人に暴行の意思がなかつたことを示すものであるとは直ちに認められず、相原丈夫の供述の信用性に影響を及ぼすものとも考えられないのであつて、そのことは原判決も説示しているとおりであり、相原が無理に被告人から引き離されて後にとつた行動が、何ら不自然なものと認められないことも、原判決が説示しているとおりであつて、相原のその行動が、所論のように、相原自身さえも被告人から故意に暴行を加えられたとは考えていなかつたのではないかとの疑念を抱かせるものであるとは認めることができない。なおまた、当審において取調べた「管理体制の強化」と標題された書面が、所論のように相原丈夫の供述の信用性を失わせるに足りるものであるとも認められない。
以上のような次第により信用性があるものと認められる証人相原丈夫の原審および当審における各供述によれば、被告人が原判示のような経緯、態様において相原に対し故意に暴行を加えたものであることは明らかであるといわなければならない。
なお、原判決が、その供述に信用性があるものと認めた所論証人菅原成吉の原審における供述およびこれと趣旨を同じくする同証人の当審における供述について検討すると、相原丈夫を半円形状に取り囲んだ支援労組員の人垣の青森寄り側に位置し、同人の姿をその右斜め後方約五メートルの地点で七、八名の者の肩越しに見ていたという同証人の供述するところによれば、「相原は青森方面を背にして車体のビラをはがそうとしており、その前面に被告人が上野方面を背にして立ちふさがり、つまり、被告人は、車体沿いに相原と向かい合つて、しきりに自己の体を車体に押しつけたりして相原にビラをはがさせまいとし、被告人と車体との間に手を差し入れてビラをはがそうとする相原と争いをしていたのであるが、そのうちに、被告人は、『何をするか』といつて、いきなり右手拳で相原の顔面の鼻の下、口の辺を一回突いたのである。そうしたら、相原はすぐに両手で被告人の右手をつかみ、『現認犯、やられた、やられた』と叫び、そのあと相原は口から血を出していた。」というのであるが、すでに検討したとおり、その供述にいわゆる被告人が車体沿いに相原と向かい合つて同人のビラはがし行為を妨害したというような事実、および被告人がその妨害行為に引続いて相手方たる相原を車体の後で突いたというような事実はともに存在しないことが明らかである。もつとも、すでに検討したところと当審証人石田耕資の供述とに徴すると、菅原証人のいわゆるビラはがしを妨害していた被告人というのは、その証言の真意としては被告人と年令、風貌等の似ている石田耕資を指すもので、同証人がこの両名をとりちがえて供述したものにすぎないのではないかとの疑いがないわけでもなく、かつ、関係各証拠によれば、相原が被告人に強打されてその手をつかんだ後、まもなく、支援労組員による囲みの人垣の輪が縮り、両名がそれにともなつて若干移動し、相原がほぼ青森方面を背にし被告人がほぼ上野方面を背にして両名がいわば手を引き合う事態に至つたという経緯の存することがうかがわれるのではあるけれども、これらの点を斟酌してもなお、右菅原証言は、全体の趣旨に徴し、その重要な供述部分において信用できないものとするほかはないのであり、被告人が右手拳で相原の顔面を一回突いたのを見たとの部分だけをとらえて、これに信用性を認めうるものとすることは相当でないというべきであるから、結局、同証人の前記供述はこれを信用するに由ないものといわなければならない。
そうすると、原判決が、証人菅原成吉の供述が信用できるものとして、これを事実認定の証拠に供したのは当を得ないものといわなければならないけれども、被告人が相原に対し故意に暴行を加えたとの原判示事実は、右菅原証言をほかにしても、前記のようにその余の原判決引用証拠によつて十分にこれを認めることができるのであり、そのことは当審における事実取調の結果に徴しても明らかであるから、原判決の事実認定に所論のような誤りがあるものとは認めることができない。
論旨は理由がない。
三、控訴趣意中、原判示公務執行妨害の罪に関する事実誤認ないし法令の解釈適用の誤りの主張について
論旨は、相原丈夫は、労働基準法の適用上、本件当日、仙台駅対策本部の職務を執行しうる具体的権限を午後二時以降はこれを有しなかつたものというべきであるから、当日午後二時四〇分頃における相原の本件ビラはがしの職務行為は、その点ですでに違法であるというべきであつて、これに対し原判決は、相原には勤務の途中に休憩時間が与えられて、同人がこれを自発的に職務遂行に用いたものであると考えられるとして、同人は午後二時四五分までは同駅対策本部の職務を執行しうる具体的権限を有していたものであると認定し、なお、独特の見解を展開して、そうでないとしても、同人は午後二時四〇分頃いぜんとして右具体的権限を有していたものと解されるとして、被告人につき公務執行妨害罪の成立を肯定したのであるが、これは、相原の公務の適法性に関し、事実を誤認しないしは法令の解釈適用を誤つたものである旨主張するのである。
公務執行妨害罪が成立するためには、公務員の職務行為が適法であることを要し、そのためには、公務員がその行為をなしうる抽象的職務権限を有するのみならず、その行為をなしうる具体的職務権限を有し、かつ、職務行為の有効要件である重要な方式を履践していることが必要であり、そして、公務員の職務行為が右の意味での適法性を有するか否かは、裁判所が法令を解釈して客観的にこれを定めるべきであると解するのが相当であることは、原判決が説示しているとおりである。
そして、相原丈夫は、日本国有鉄道仙台鉄道管理局の職員であるから、仙台駅構内においてビラはがし行為を含む肉体労働的職務をなしうる抽象的権限を有するものと認められることも、原判決の説示するとおりである。
そこで、次に、相原丈夫が、そのなした職務行為につき、具体的権限を有したものであるか否かを検討するに、原審および当審において取調べた関係各証拠を総合して考察すれば、次のような事実を認めることができる。
公共企業体等労働組合協議会(以下公労協という)共斗委員会は、昭和三九年四月四日、同年の春斗における「賃金引上げの要求」を貫徹するため、同月一七日午前零時から正午まで、第一波半日ストライキを実施することを宣言し、同時に、傘下の各単産組合委員長および各地方(県)公労協共斗委員会議長に対し、右半日ストライキを実施する旨、および、各ストライキ実施箇所につき直ちにストライキ準備体制を完了すべき旨指令し、右指令にもとづいて、国労仙台地本は、右準備体制整備の一環として、同月一五日から同月一七日正午まで、仙台駅構内において遵法斗争等を行なうことを、また、動労仙台地本は、同様目的で同期間同駅構内において、列車乗務員に対する説得活動を行なうことをそれぞれ決定した。他方、国鉄当局は、同月一四日、右国労仙台地本および動労仙台地本の活動ならびに半日ストライキ実施に対処すべく、春斗対策本部を設置し、さらに、その指揮下に仙台駅対策本部および仙台運転所対策本部を置き、かつ、両本部への配置人員として管内の非組合員たる職員らを召集してあてることにした。相原丈夫は、非組合員たる同管理局総務部労働課職員であるが、右同日、労働課長室井文夫を通じて、同管理局長河合秀夫より、仙台駅対策本部の職務に従事すべき旨同対策本部への配属を命ぜられ、その職務の具体的内容として、同対策本部長手島典男より、翌一五日の午前六時から仙台駅構内において、同本部長の指揮下に、駅構内の警戒、組合員の行動の監視、違法行為の阻止、排除、同本部長の命令の連絡等の職務に従事すべき旨の任務を課せられた。そこで、相原丈夫は、本件当日である右一五日の午前六時から、同駅対策本部長の指揮下に同本部の右職務に従事し、まず、国労組合員が同駅構内南部信号所をピケツテイングのために包囲するのではないかとの予想のもとに、他の当局職員四、五〇名とともに同信号所に赴き、これを取り囲むようにして同所で警戒等をなし、ついで、国労組合員による信号所包囲の事態が杞憂に帰したものであることから、同駅対策本部からの指示連絡により、午後一時二〇分頃、ひとり同駅構内二、三番ホームに赴いて、警戒ないし監視をしているうち、午後二時二〇分頃になつて、すでに当日の午前九時過ぎ頃から数次にわたつて同駅構内で繰返されていた国労組合員による列車車体に対するビラはり行為と、これにつき従つた当局職員によるそのビラの撤去行為とが、前記のとおり午後二時一〇分頃から四番ホームに停車中の列車の線路側で再び開始されていたのに気づき、組合員につき従つてビラはがしをしていた一〇名近くの当局職員の中に自らも加わり、国鉄総裁達により禁止されている右ビラはり行為は違法な行為であるものとして、これを阻止、排除すべく、自らもビラはがし行為を開始するに至つたもので、前記のように、まもなく三番ホームに到着した仙台止りの「あけぼの」号の車体に国労組合員がはつたビラにつき、そのビラはがし行為に従事中、午後二時四〇分頃、被告人から原判示暴行を加えられたものである。
以上のような事実関係にもとづいて検討すると、本件の前日である四月一四日に仙台鉄道管理局長が相原丈夫に対しなした仙台駅対策本部への配属命令は、昭和三二年一〇月四日付総裁達第五六九号「非現業職員を一時他の職務に従事させることについて」の第一項を明文の根拠規定とするものであり、また、仙台駅対策本部長が相原に対しなした、翌一五日午前六時から仙台駅構内において同駅対策本部の職務に従事すべき旨の命令は、同総裁達の第二項および第三項ならびに日本国有鉄道就業規則第一五条第二項を根拠規定とするものであるとそれぞれ解することができ、これらの職務命令によつて、相原が、本件当日の午前六時から同駅対策本部の職務を執行しうる具体的権限を取得したものであることは明らかなのであるが、他面において、これらの職務命令は、本件当日に相原の執務すべき労働時間については予めこれに制限を附さない趣旨のもとに発せられたことが証拠上明らかであるというべきところ、原判決も説示しているとおり、本件当時、仙台駅現場には、労働基準法第三六条による時間外労働の協定が存在していなかつたのであるから、結局、これらの職務命令のうち、相原に対し本件当日八時間を超えて労働を命ずる部分は、同法第三二条第一項に違反するものであつたといわなければならない。
もつとも、証人室井文夫の原審および当審における各供述ならびに証人手島典男および同田宮新平の当審における各供述によれば、国鉄当局としては、労働課員たる相原丈夫は、労働基準法第四一条第二号所定の「機密の事務を取り扱う者」に該当する者であつて同法第三二条第一項の適用を受けないし、たとえ仙台駅現場において執務をなすべき旨の命令を受けても、固有の職務を持つたまま配置されるのであるから、現場における八時間の時間の制約には服する必要がないものであるとの見解のもとに、相原に対し前記のような職務命令を発したものであることが明らかである。しかしながら、相原丈夫をして、仙台駅対策本部に配属させて同本部の職務に従事させるものである以上、勤務時間に関しては、その従事させる職務について定められたものによるべきであり、その配属命令の根拠規定たる総裁達第五六九号の前記第三項もその旨を規定しているところであつて、右各証言にいわゆる「固有の職務を持つたまま配属される」とのことは、相原の本件当日現に遂行した職務が前記認定のような性質内容のものであつたことに徴しても、にわかに首肯しがたいところであるから、右の見解は、この点においてすでに採用しがたいものというべきであるし、また、この点を別として労働課の職員たる相原が労働基準法第四一条第二号所定の「機密の事務を取り扱う者」に該当するか否かを検討してみても、右にいわゆる「機密の事務を取り扱う者」とは、その取り扱う事務が機密性を有するものであるがために労働時間、休憩および休日に関する規定をこれに適用することが困難であるとされる者、すなわち、職務の右性質上、その勤務の態様が、出社退社等についての厳格な制限を受けないものとされている者を指すものと解すべきであり、立法の目的を異にする公共企業体等労働関係法によつて非組合員たる者とされている機密の事務の従事者とは、必ずしも範囲を同じくするものではないというべきであるところ、原審および当審において取調べた関係各証拠によれば、労働課の職員たる相原は、非組合員ではあるものの、出社退社について時間的な制約を課されており、また、課長補佐以上の者が勤務時間の多少に関係なく定額による職務手当の支給を受けているのに対し、相原は、右職務手当の支給を受けておらず、むしろ、同人の時間外労働に対しては、労働基準法所定の割増賃金の支払がなされている等の事情が明らかであつて、してみると、相原が、右にいわゆる「機密の事務を取り扱う者」に該当するものとは解しがたいところであるから、前記のような見解は、この点においても採用しがたいものであるといわなければならない。なお、先に認定したような本件の事実関係に照らせば、災害の発生等の事由にもとづく時間外の労働を是認する趣旨の同法第三三条第一項ないし日本国有鉄道法第三三条を本件の場合に援用することは許されないものと解するのが相当であり、他にも、相原丈夫をして本件当日八時間の労働時間の制限を超えて適法に仙台駅対策本部の職務に従事させうる事由となりえたものは見当らない。
そして、労働基準法第三二条第一項は、いうまでもなく、生存権の理念に立脚し、労働者の生存を具体的に保障するために必要な労働条件たる労働時間の最低基準を定めたものであり、その違反に対する罰則さえも別に規定されているところであつて、同条項が、その本質上、強行規定であることは疑いがなく、これに違反する所為は、たとえ、それが相手方労働者の同意ないし承諾にもとづいてなされても、許容されることはないのであるから、してみれば、相原丈夫に対する前記職務命令のうち、同人に対し本件当日八時間を超えて労働を命ずる部分は、同人のこれに対する同意ないし承諾の有無いかんにかかわりなく、同法第三二条第一項に違反するものであつたというべく、このようないわば重大な違法性を帯有したものというべき命令部分をもつてしては、それにもとづいてなした相原の職務行為に対し、公務執行妨害罪の保護法益たるに値する適法性を附与することはできないもの、すなわち、相原に対し右適法性を取得するに必要な具体的権限を附与することはできないものであると解するのが相当であつて、結局、相原は、本件当日、八時間の労働時間の限度を超えて仙台駅対策本部の職務を執行しうる具体的権限はこれを有しなかつたものであるといわなければならない。
以上の限りにおいては、原判決は、これと同趣旨に帰する説示をしているのであつて、正当であり、その説示に誤りがあるものとは認められない。
ところで、労働基準法にいわゆる労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令に服する時間をいい、休憩時間とは、労働者が就労を義務づけられることなく権利として労働から離れることを保障されている時間をいうのであつて、つまり、労働時間であるか否かは、労働者が明示的もしくは黙示的に使用者の指揮命令下に入つているか否かにより判断されるべきものであるところ、原判決は、休憩に関する同法第三四条第一項および第三項の各規定が存在するものである以上、本件当日午前六時から仙台駅対策本部の職務に従事した相原丈夫に対しては、八時間の労働時間の途中において少なくとも四五分の休憩時間が与えられたものと当然に考えなければならず、かつ、同人はその休憩時間を自発的に職務遂行に用いたものであると考えざるをえないとして、同人の八時間の労働時間が午後二時四五分までは及びえたものである旨認定しているのであるが、相原丈夫が当審において証言するところによれば、同人は、本件当日、休憩をとることに関し上司の誰からも何ら指示されなかつたし、現に、二、三番ホームに移つてからはもとよりのこと、それ以前の南部信号所附近における執務に際しても、格別、休憩をとることなしに監視等の職務を遂行し続けたもので、昼食時も、同信号所附近を離れずに二五分位かけて監視の現場でこれをとり、食事の後はそのまま監視を続けたというのであつて、同人の執務がすでに認定したような情勢のもとで行なわれたものであるとの点をも考え合わせると、本件当日、相原に対しては、労働基準法上の休憩時間にあたるものと認められる時間、すなわち、同人が仙台駅対策本部長の指揮下にある状態から脱して自らが自由にこれを利用することの容認された時間(なお、同法第三四条第二項所定の一せい休憩の原則は、同法施行規則第三一条により、国鉄の事業に関すると認められる本件の場合には適用されないものであると解される。)は、むしろ与えられていなかつたものであると認めるのが相当であり、証人手島典男の当審における供述をもつてしても、この認定を左右するには足りないから、原判決の右事実認定は当を得ないものといわなければならず、相原の本件当日における八時間の労働時間は、午後二時をもつて終了したものであると認めるのが相当である。
そうすると、相原丈夫は、被告人により原判示暴行を加えられた同日午後二時四〇分頃、すでに同駅対策本部の職務を執行しうる具体的権限を有しなかつたものであるといわなければならない。
ところで、原判決は、さらに、「公務員の職務行為が『適法』であるかどうかの客観的判断は、公務執行妨害罪の立法趣旨にかんがみ、事後的に行なわれる純客観的な判断ではなく、当該職務行為の時点における具体的状況を前提とする客観的な判断であるべきであると解される。」旨説示したうえ、これに続けて、「したがつて、外形的刑法的に一個と評価されうる継続的行為の中間において、当該公務員につき純客観的には具体的職務権限が消滅したとしても、その瞬間に当該職務行為が『適法』から『違法』に転化してしまうとみるべきではなく、以後の行為部分もなお『適法』なものとして公務執行妨害罪の対象となると解するのが相当である。」旨および「そのような観点からしても、相原は、本件発生時の本件当日午後二時四〇分頃、いぜんとして仙台駅対策本部の職務を執行する具体的権限を有していたことが明らかである。」旨のそれぞれ結論づけをなしているのであるが、右前段の説示部分は、一般論としては、もとより正当な見解であると認められるものの、当該公務員たる相原丈夫の認定権ないし裁量権にもとづく判断の是非等のことを論ずる余地のない本件具体的権限の問題について、何故に右前段の説示部分をもつて右後段のような結論づけがなされうるのか、甚だ了解しがたいのであり、なおまた、右後段の説示部分にいわゆる「外形的刑法的に一個と評価されうる継続的行為」とは、本件において具体的に何を指すものであるのかも必ずしも明瞭にされていないというべきであつて、結局、原判決の右説示は、当を得ないものであると認めざるをえない。
してみると、被告人が相原丈夫に対し原判示の暴行を加えた際に相原が仙台駅対策本部の職務の執行として行なつていた本件ビラはがし行為については、そのビラはり行為ないしはられたビラの撤去行為それ自体の適法性の有無につき検討を加えるまでもなく、以上に考察したところによりすでに、相原が右職務の執行につき具体的権限を有しなかつたものとして、その適法性を認めがたいのであり、被告人について公務執行妨害罪は成立しないものといわざるをえないのであつて、原判決が、被告人につき同罪の成立を肯定したのは、事実を誤認しないしは法令の解釈適用を誤つたものというほかはなく、この誤りは判決に影響を及ぼすものであることが明らかであるから、原判決中、公務執行妨害罪に関する部分は、この点において破棄を免れない。
論旨は理由がある。
そして、原判決は、判示公務執行妨害罪と判示傷害罪とが、刑法第五四条第一項前段による処断上の一罪であるとして、被告人に対し一個の刑を科しているので、原判決はその全部につきこれを破棄すべきものである。
そこで、原判示公務執行妨害罪に関するその余の控訴趣意に対する判断を省略し、刑事訴訟法第三九七条第一項、第三八二条、第三八〇条により原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書に則り、さらにつぎのとおり判決する。
原判決が認定した被告人の判示傷害の所為は、刑法第二〇四条、罰金等臨時措置法第三条、第二条に該当するところ、記録および当審における事実取調の結果により明らかな被告人の右犯行の動機ないし態様、被告人の年令、経歴、家庭の状況等諸般の情状を考慮して、所定刑中罰金刑を選択し、その金額の範囲内において被告人を罰金五、〇〇〇円に処し、刑法第一八条によりり、右罰金を完納することができないときは金一、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置するものとし、原審および当審における訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項本文に従い、主文第四項に記載のとおり、その各一部を被告人に負担させることとする。
なお、本件公訴事実のうち、相原丈夫に対する公務執行妨害の事実は、原判決が認定した同人に対する公務執行妨害の事実と同一であるところ、前説示のとおり、同人のなした公務について適法性の存在を肯認することができないので、犯罪の証明がないことに帰するが、右公訴事実については、前記傷害の罪と一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるとして起訴されていることが明らかであるから、特に主文において無罪の言渡をしないこととする。
よつて、主文のとおり判決する。
(裁判官 有路不二男 西村法 桜井敏雄)